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東京高等裁判所 昭和40年(う)1873号 判決

控訴人・被告人 田中竹用 弁護人 笠原忠太 原審検察官

検察官 鈴木壽一

主文

原判決を破棄する。

被告人を罰金一万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金二五〇円を一日に換算した期間、被告人を労役場に留置する。

但しこの裁判の確定した日から二年間右刑の執行を猶予する。

原審及び当審における訴訟費用の全部は、被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人笠原忠太が差し出した控訴趣意書及び東京高等検察庁検事鈴木寿一が差し出した大原区検察庁検察官事務取扱検事富田康次名義の控訴趣意書に記載してあるとおりであるから、これらを引用し、これに対して当裁判所は、次のように判断をする。

弁護人笠原忠太の控訴趣意第一点について。

所論は、原判決は「被告人は、昭和三七年二月一七日午後二時頃千葉県夷隅郡岬町江場土三八九番地林マスノの宅地において該宅地の道路沿いの石垣が岬町役場に備付けの公図よりも約七〇糎道路に突き出ているとしてこれを取り除いて道路の幅員を拡張するため林マスノの所有に係る石垣の青石約四三個(時価八千六百円相当)を鍬を使用して削り取り或いは同所にあつただぼくす等の樹木四本(時価四百円)を伐採し、もつてこれを損壊したものである」との事実を認定したが、右青石約四三個、だぼくす等の樹木四本(以下これらを合わせて「本件物件」という)は林マスノの所有に属しないものである。即ち、林マスノ所有の千葉県夷隅郡岬町江場土三八九番地宅地三〇四坪八合五勺は、その西側に沿つて岬町の町有に係る道路が走つており、この相隣接する宅地と町道との境界は前記青石を積んだ石垣よりも東方に現在存する槇の生垣の線であるところ、右道路は宅地よりも低い地形となつている関係上、宅地の土が道路に落ち幾分の斜面を形成しその道路面に接する底辺は右生垣の線より垂直下でなく道路敷地内に出張つていたが、右宅地が子爵石井菊次郎の所有であつた頃、同人が青石を積んで本件石垣を造つた際、前記生垣の線から垂直に造るべきであつたのに、そうしないで右斜面の底辺の線を基準として青石を積んで石垣を造り、石垣と右生垣との間に樹木を植栽したため、右青石の石垣及びだぼくす等四本の樹木(即ち本件物件)は道路敷地内に存するに至つたのであつて、何等権原なくして道路敷地に付属された本件物件はこの時において民法二四二条の附合の規定により道路敷地の所有者たる岬町の所有になつたものであり、その結果石井菊次郎の所有権は消滅し、従つてその後右宅地の所有権が転々し最後にその所有権を取得したとする林マスノは本件物件の所有権を有しないから、同人は本件器物損壊罪については告訴権を有せず、同人のなした告訴は無効であり、結局本件は親告罪の告訴を欠き公訴提起の手続がその規定に反したため無効の場合にあたるものというべく、刑事訴訟法三三八条四号により公訴棄却の言渡をなすべきにかかわらず原審が有罪の実体判決をしたのは不法に公訴を受理した違法をなしたものであると主張するのである。

よつて案ずるに、刑法二六一条に規定する器物損壊罪は親告罪であり、同罪につき告訴権を有するものは損壊された物件の所有権者のみであつて、その物件の単なる所持人や使用権者はこれにあたらないと解すべきことは所論のとおりである。そこで、本件物件が林マスノの所有に属するか否かを審究するに、原判決挙示の各証拠に当審における事実取調の結果を総合すれば、林マスノ所有の前記千葉県夷隅郡岬町江場土三八九番地宅地三〇四坪八合五勺の西側に沿つて存する道路は岬町町有の町道で北より南へ下り勾配となつており、本件問題の青石の石垣及びだぼくす等の樹木四本のあつた位置付近においては道路面は低くその両側の宅地(東側は林マスノ所有地、西側は高橋善衛所有地)は高くなつている地形であるが、右道路の幅員は公図上二間(即ち約三、六三メートル)であるべきところ、現況では二、五メートルないし二、六メートルとなつており、かような情況になつたのは、雨水が道路上を北より南へ流下して土をさらい長年月の間に路面をすり鉢の底のようにしたと同時に、両側の宅地から土が道路に落ちて斜面を形成し、その路面に接する底辺が本来の境界線より若干道路敷地内に出張つていたが、大正五年頃、元外務大臣子爵石井菊次郎が前記三八九番地の宅地の所有者であつた時代に右宅地の土が道路との境界を越えて道路敷地内に斜面をなして出張つていた底辺の線を基準として本件青石を積んで石垣を造り石垣の内側に樹木を植栽して、その石垣の線があたかも宅地と道路との境界であるかのようになつたものであつて、本件物件たる青石及びだぼくす等の樹木四本の存在した位置は道路敷地内であつたこと、並びに右青石を積んで石垣を築造した当時右宅地の所有者が政府高官の石井であつたため、道路の所有者であり管理者であつた町(当時は区)もこれに対し敢えて異議を挾まなかつたし、その後右宅地の所有権が石井から他に転々し、最後に林マスノに移り、本件紛争事件の起こるまで四十数年間、町はこれに対し何等の手段措置をも講ずることなく放置して来たためであることが認められるのである。

そこで、右認定のように町道の一部に本件物件のごとき石垣が設置され、樹木が植栽された場合、所論のように民法二四二条所定の附合の法則が適用されるものかどうかの点につき進んで考察するに、およそ、町道を含む各種の道路法上の道路は公共用物として一般公衆の交通に供せしめるため設置されたものであるから、道路管理者(本件の場合は地方公共団体としての町)は道路本来の機能を発揮させるための一切の作用をもち、事実行為として道路工事を施行し、障害物を除去することができるものと解するのが相当であり、道路法四条が「道路を構成する敷地、支壁その他の物件については私権を行使することができない」と規定し、また同法四三条一号、二号が「みだりに道路を損傷し、又は汚損すること」「みだりに道路に土石、竹木等の物件をたい積し、その他道路の構造又は交通に支障を及ぼす虞のある行為をすること」を禁じ、右禁止行為の規定に違反した者に対する罰則として同法一〇〇条三号を設けていること等道路法の各規定を考え合わせると、公共用物たる道路の敷地の一部に隣接土地所有者が石垣、樹木を設置植栽し、道幅を狭隘にして一般交通の用に供すべき道路本来の効用を害している場合においては、私法規定たる附合の原理は適用されず、他人所有の当該障害物の除去によつて道路の保全がなされなければならないものというべきである。蓋し、民法の附合の原理は、不動産について、従たる地位を認むべき動産が附着し、これを分離復旧することが物理的に困難不能であるか、または経済的価値を著しく毀損する場合に、原則として不動産の所有者に、附合した物の所有権を取得せしめるものであつて、いわば両物体の分離復旧によつて社会経済上、甚しく不利な事態の生ずることを避けようとするためのものであるから、本件のように、道路の敷地上の附属物を分離復旧することが道路法上、そして道路としての本質上要請されている場合には、附合の原理を適用する余地のないことは明らかであるからである。(もつとも、道路に他人所有の土砂、小石等などがまかれて強度に附着合体し、一般公衆の通行を少くとも害していない場合のごときは、附合の法理が準用されるであろうことは考えられるが、本件の場合とは問題が別である)。

以上のように所論の附合の主張が成り立たない以上、本件物件は林マスノの所有に属するものというべく、この点に関する原判決の認定には所論のような事実の誤認は存しない。従つて林マスノのなした告訴は、被害者たる所有権者がなしたもので有効であり、本件公訴提起の手続は適法であるから、原審が公訴を棄却することなく実体判決をしたのは適法であつて、論旨は理由がない。

同第二点について

所論は、仮に本件物件が林マスノ所有の前記宅地内にあつたとしても、この宅地については、本件行為当時、単に昭和三五年五月一七日受付をもつて売主河西光三と買主林マスノ間の売買予約による所有権移転の仮登記が経由されていたにすぎないから、第三者に対して林は宅地の所有権、従つて右地上に存する本件物件の所有権のあることを対抗しえない、従つて被告人の本件行為を結局、無罪とすべきであるのに有罪としたのは法令の解釈適用を誤つていると主張するけれども、本件物件は町道の敷地内にあつて、しかも林の所有に属するものであることは前記控訴趣意第一点に対する判断中に説示したとおりであるから、所論仮登記が経由されたのみで本登記のなされていない土地の上に存する物件の法律関係を論ずるまでもなく、弁護人の主張の採用できないことは明らかである。論旨は理由がない。

同第三点について

所論は被告人に器物損壊の犯意はないと主張するが、原判決挙示の証拠殊に被告人の検察官に対する供述調書及び司法警察官に対する昭和三七年一一月二〇日付、昭和三八年九月九日付各供述調書、加藤たつの司法警察員に対する供述調書並びに当審における証人加藤行雄に対する尋問調書を綜合すれば、被告人は本件道路工事を始める前に林マスノの宅地の隣家加藤たつの二男加藤行雄(千葉県夷隅郡岬町江場土四三四番地に居住)に対し東京都渋谷区内に居住する林マスノあてに道路拡張工事をするにつき林方の青石を積んであつた土手を削り取ることの了解を求めてくれるように連絡を依頼したのみで、未だ林の承諾を得ていないのにかかわらず、敢えて原判示のように石垣の青石を削り取りだぼくす等の樹木を伐採した事実を認定することができるのであるから、器物損壊の犯意のあること明らかであつて、論旨は理由がない。

同第四点について

所論は、本件は被告人を含めて部落各戸から作業に奉仕した人達による共同行為であるのに、検察官が被告人による単独犯行として起訴したのは違法であると主張するのであるが、原判決挙示の証拠及び当審における事実取調の結果によれば右共同作業をした者は、事情を知らないままに単に被告人の指図に従つて行動したにすぎず、指揮者たる被告人は、多数集団の力を使つて本件犯行に及んだことが認められ、かような場合、起訴状の公訴事実に被告人の単独犯行と記載したとしても、これをもつて違法というべきではないから、論旨は理由がない。

同第五点について

所論は、林マスノのなした告訴権の濫用であり、無効と主張するのであるが、原判決挙示の証拠によれば原判示被害物件のうち、青石約四三個の時価は新しく入手するものとして八六〇〇円相当であり、だぼくすなどの樹木四本の時価は四〇〇円相当であることが認められ、これらを損壊された本件において、その所有権者たる林マスノが告訴権を行使することは正当であり、所論指摘のような動機、事情が被告人の側にあつたとしても被害者たる林マスノが告訴をしたことを目して告訴権の濫用と解することはできない。論旨は理由がない。検察官の控訴趣意について。

所論は、被告人に対する原判決の量刑が不当に軽いというのであるが、記録及び証拠物を精査し、且つ当審の事実取調の結果をも斟酌し、これらに現われた本件犯行の罪質、態様、動機、被告人の年令、性行、経歴、家庭の事情、犯罪後の情況、本件犯行の社会的影響など量刑の資料となるべき諸般の情状を総合考察するに特に次の事情、即ち被告人居住の千葉県夷隅郡岬町においては、毎年農閑期を利用して道路愛護デーと称し各部落ごとに各戸から一人あて労力奉仕のためこれに参加し、道路の上に覆いふさがる樹木の枝葉を伐採するなどの一斉作業を行う慣習があつたが、これに基づき昭和三七年二月初旬岬町区長会、また部落会を開き同月一五日から一七日までの三日間右行事を実施すると共に、かねて購入した消防自動車を自由に通過せしめうるように道路の改修を行うことを定めたが、同月一七日に当時、岬町江場土区長代理、区内の清水部落長、また消防団分団長であつた被告人は、道路作業を指揮し、その際本件犯行をなしたこと、この作業には本件被害者のように別荘の持主で、平生、ここに居住していないものは、参加せしめず、またその代りとしての寄附金を集めなかつたこと、被告人は林マスノの所有宅地に隣接する町道は、公図上、幅員が二間であるべきなのに現況は林方の石垣及び樹木が道路に突き出ていて(弁護人の控訴趣意に対する判断部分で示したように、これらは町道の敷地内に入りこんでいた)、消防自動車の通行に困難であつたので、東京都内に居住する林の了解を得ないまま、事後承諾をうることにして石垣の青石を削り、樹木を伐採し、青石は粉砕して町道に敷き、樹木は林の宅地内に片づけておいたこと、町道に隣接する、他の土地所有者はすべて道路の拡張に協力したこと、その後、右の事態をみて激怒した林は、元の地点において以前の状態に復旧するように町当局に交渉したが、町では町道と林の宅地との境界線を定めた上、町費でコンクリート土止めの垣を築くことを要望し、両者間に話合いがつかないうちに、林は被告人を告訴し、ほとんど元の地点において新たに大谷石を使つて石垣を築いたことが認められるのであつて、以上の本件犯行に至るまでの経緯、被告人が公共の事業に熱意をもつていた余りの犯行であること、その後の交渉経過などを彼此綜合考量すれば、被告人に対し罰金一万円、二年間執行猶予を言い渡した原判決の量刑はまことに相当であつて軽きにすぎるものとは考えられないから、論旨は理由がない。

よつて当裁判所は原判示の器物損壊の事実を相当として認容するところ、当審において検察官はこれと一所為数法の関係にあるものとして「被告人は起訴状記載の公訴事実の日時、場所において林マスノの所有に係る石垣の青石約四三個を鍬を使用して削りとり、もつて境界を不明確ならしめた」との事実、罪名として境界毀損、罰条として刑法第二六二条の二を掲げて訴因及び罰条の追加をしたので、その成否を検討してみることにする。

弁護人の控訴趣意第一点に対する判断の項で説示したように、右の石垣は町道の敷地の一部に設置されていて、町道と林マスノ所有の隣接宅地との間の真正な境界を確定するためにその土地に設けられたものではないけれども、大正五年頃以降四十数年の長きに亘り、町道の所有者、管理者たる岬町当局もこれを放置し、林マスノにおいてもこれを土地の境界と信じていたものであり、且つ世人もこれを恰も境界標であるかのように承認してきたことが認められ、被告人がこれを削りとつたことにより土地の境界を認識することを不能ならしめたものであると認められるので、原判示事実は器物損壊罪と同時に刑法第二六二条の二の境界毀損罪にもあたるものと解しなければならない。

かくて原審が原判示事実に対して器物損壊罪のみをもつて問擬したのは、結局において法令の適用に誤りがあつて、その誤りが判決に影響を及ぼすことが明らかな場合にあたるといわざるを得ない。

よつて、本件控訴は理由があるから、刑事訴訟法第三九七条、第三八〇条により、原判決を破棄した上、同法第四〇〇条但書の規定に従い、更に、自ら、次のように判決をする。

原判決の認定した事実に法律を適用すると、被告人の原判示所為のうち器物損壊の点は刑法第二六一条、罰金等臨時措置法第二条、第三条に、境界毀損の点は刑法第二六二条の二、罰金等臨時措置法第二条、第三条に該当するところ、右は一個の行為であつて二個の罪名に触れる場合であるから刑法第五四条第一項前段、第一〇条により重い境界毀損罪の刑をもつて処断すべく、所定刑のうち罰金刑を選択し、所定金額の範囲内において被告人を罰金一万円に処し、同法第一八条第一項により右罰金を完納することができないときは金二五〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとし、なお情状により、同法第二五条第一項に従い、この裁判確定の日から二年間、右罰金刑の執行を猶予し、また原審及び当審の訴訟費用は、刑事訴訟法第一八一条第一項本文に従い、その全部を被告人に負担させることとして、主文のように判決をする。

(裁判長判事 白河六郎 判事 河本文夫 判事 藤野英一)

弁護人笠原忠太の控訴趣意

第一点の五 器物損壊罪の告訴権者は所有者であつて占有者ではない(大審院明治四五年第五九七号)

従つて林マスノの告訴は告訴権なきものの告訴であるから無効である。

本件公訴は棄却さるべきものであるのに道路と宅地との境界の認定を誤り、ひいて青岩、樹木の所有権者をも誤り公訴棄却の主張を排斥したものである。

(その余の控訴趣意は省略する。)

(検察官の控訴趣意は省略する。)

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